3章:伝説と現実…2



『ぅゎぁ・・・!』
 没頭すること15分ぐらい、いきなり私の耳にルルの小さな悲鳴が聞こえた。
「ん?ルル?」
 とりあえず小声で呼びかけてみる。目は図鑑に向けながら。いつもならここで何か反応が返ってくるんだけど、今回は全くない。その事実をちょっといぶかしげに思いながら顔を上げる。
「あれ?」
 本当にいない。ついさっきまで居た本の山の上にも、私の頭の上にもいない。
「ルル、どこにいるの?」
 焦った私は先程に比べたら大きな声で呼びかけた。
「どうしたの、パリス?」
「さっき、ルルの悲鳴を聞いた気がしたんだけど、姿が見えなくって。読んでも返事がないし。」

 流石に私の様子がちょっとおかしいと気が付いたらしいウィーンが私に様子を聞いてきた。そんなウィーンに包み隠さず、私が焦っていることも一緒に伝える。状況を簡単に伝えるだけなのに焦っちゃって今一つ話がまとまらない。頭の中がぐるぐる混乱してきちゃって本当にどうしたらいいのか、って考え始めたときにルルの声が聞こえた。

『パリス〜!助けて〜。』
 声は確かに聞こえた。でも、その声が聞こえてきた方に顔を向けてちょっと首をひねる私。
「本の山、しか無いけど。確かにこっちからルルの声が。」

 首をひねりつつもそっちに顔を向けて私は台詞を途中でとめてしまった。それから一瞬して、私は笑い声をかみ殺すことに集中し始めていた。
「ちょ、ルル!あはは、はは。はは、笑わせないでよ!ははは・・・!」
 かみ殺すことができずに漏れ始める私の笑い声にウィーンも私が見た方向を見る。そしてやはり口元を抑えて笑い始めてしまった。
「ふっふっふ!何やってるの、ルル!」
「ほんとだよ、ははは!何やってるの!」
『もー、やっと気が付いたと思ったら〜!助けてよ〜〜〜!笑ってないでよ〜〜!』

 ルルはさっき私が持ってきた3冊の本とほかの本をまとめて置いていた本の山に埋もれていた。私たちが気付かないうちに本が崩れてしまったんだろう、とは簡単に分かるんだけど。ルルは至って真剣に足を、羽を、手をばたつかせて“雪崩”に巻き込まれてしまったところから脱出しようと試しているってことはわかる。分かるんだけど。・・・動きがコミカルすぎる。必死過ぎて笑えてくる。さらに、もう、遊んでいるようにしか見えない。

 という状態から私は笑い出してしまい、それがウィーンにも移った、って感じ。ちなみにラムはやっと気が付いた、という表情を張り付けながらも笑い転げている。
 図書館ということで一応声は抑えていたつもりだけど、いったいどれだけ抑えることができていたのか。ほとんど抑えることができていなかったみたいだ、というのは周りの生徒たちの物言わぬ視線が痛かったから何となくわかった。それでもなかなか笑いを収めることができない私たちにルルの悲痛な声が響いた。

『気づいてそのままにしないでよ!』

 ひとしきり笑い終わり、私はひーひー息をしながらルルの上にある本を1冊1冊片付け始める。ウィーンも一緒に手伝ってくれた。ラムは邪魔になるといけないから、とウィーンの肩に座ってしまった。
「さすがに本を積み上げすぎたのかな。」
「うーん、どうだろ。ルル、どうして本が雪崩を起こしたの?」
『私とラムが鬼ごっこしたから。』

 ぴた、と私とウィーンは手を止めた。あわててウィーンから離れようとするラムを捕まえるウィーンといまだ本に埋もれているルルをにっこりと笑って見つめる私。そんな妖精2人の顔から血の気が引いていくさまが手に取るようにわかった。

『だってウィーン、暇だったんですもの。』
『パリスは集中しちゃうしさ。ページめくるの速いから私じゃついていけなかったし。』
『それに、私達じゃ本を開くのも一苦労なんですよ?』
『そうそう。ページめくるの、どれだけ大変か知ってる?』

 妖精たち2人の必死の弁解を聞き流しながら私とウィーンは顔を見合わせた。このままの状態でいるわけにもいかない。それに確かに本を持ってきすぎた感じはしている。だからどうにかしないといけないんだけど、残念ながら私は早々に白旗を上げた。

「ウィーン、とりあえず今はここを片付けよう?ついでに見終わった本と見てない本を仕分けしたらいいんじゃん?」
 そう言いながら私はルルの上にまだ残っている図鑑やら写真集やらを片付ける。その中に『地上の植物』というついさっき持ってきた古い図鑑もあった。
「それもそうね。息抜きついでに私たちの役割分担も考え直そうか。」
 うん、と頷きながらウィーンも確認した図鑑や似たような図鑑を片付けるために抱え上げる。
「パリス、それ置いてきたらちょっとこれまでのまとめをしておこう。明日は私来れないし。」
「あ、私もだ。」
「え、そうなの?」
「うん、校外授業の実行委員会の集まり。」
「私は競技練習だしね。まとめておかないと分からなくなっちゃう。」
「そうだね、そうしよう。」

 私達はどんな本を調べたのか、どういうことを見つけたのか、という連絡事項をノートに書きだしてそれを回す、という方法で情報を共有している。だから、ウィーンはとりあえず今日分かったことをノートにまとめよう、って言ってるんだ。
 本をある程度まで分類したところで私とウィーンはノートを前に座った。

「今日はこの木の枝についてだけ、調べたのよね・・・。」
 ウィーンが鉛筆をくるくると回しながらカイサが持ってきた木の枝の写真を見つめる。
「だって、三世界伝説の方はわかってきたし、一番のヒントなのにわからないのはこっちの枝じゃん。」
『それはわかっててもさ、この枝が曲者なんだよ?』
「ルル、ありがと。わかってはいたんだけどね。」

 その木の枝そのものはすでに枯れてしまって手元には置いていない。枯れ枝でも価値があるから、ということでアテネに預けてある(植物の属性だから)。

『何回見ても不思議な花を咲かせますよね。』
 ラムの言葉に私はまじまじと写真を見た。本当に不思議だ。3つに分かれた管の先に花が咲いている。花のあったところに実は生るって言うから、これ3つに分かれたそれぞれの管の先に実をつけるのかな?しかも、その管は同じところから3本出ている。えーと、1つの管に花は3つあって、その管が同じところから3本出ている、と。うん、確かに不思議なのかもしれない。

「でもさ、仲間が見つからないんだよね?」
「そう。見当違いなところを見ちゃっているのかな?」
『でも特徴って似るんでしょ?葉っぱは大きくって、枝の先の方に花や実をつける木を見つければいいんじゃない?』
「そうするとクロウメモドキ科とかは似てるかも。」
「何それ?」
『これみたいに大きな葉っぱと枝の先に花をつける植物の科の1つです。』

 相変わらずわからなくなってしまった私は臆することなく疑問を投げかける。するとラムが図鑑で絵を見せてくれた。
「確かに似てるかもしれないけど、花の形が全然違うね。カイサが持ってきたのは星みたいだよ。色は紫だし。それに、花の数って必ず3つなのかなぁ。」
「何とも言えないけど、この仲間についてもう少し詳しく調べてみるのがいいかもしれない。」
「私はそれでいいよ。」
 うんうん、と頷きながらの言葉にウィーンは苦笑する。
「そろそろカイロやリアドも来ると思うからそれまでに片付けてもらう本とまだ見てない本を分けちゃおうか。」
「オッケー。」

 かくして男子2人に片づけを任せるべく、私たちは本の仕分け作業に戻ったのだった。



2012.3.23 掲載