今私たちが必死に正体を探している木の枝には、大きな葉っぱに枝の先の方にだけ花が咲く、っていう大きな特徴がある。残念ながら実が付いている状態じゃ無かったから、実の付き方は想像するしかないんだけどね・・・。そんな風に特徴的な植物であるにも関わらず、アテネが分からないとか、図鑑に載ってないとか、いったいどういう事なんだろう・・・?
私はそんなことを考えながらウィーンと本の山の分類をした。確認し終わった図鑑が多い中、さっき私が持ってきた図鑑3冊はまだ確認が必要なもの、に分けられている。
「ところでパリス。確かに私はまだ見てない図鑑持ってきて、とは言ったけど。」
本の整理があらかた終わったところで、ウィーンがさっき持ってきた本を見ながら口を開いた。
「うん。だって、ラムが古いの、って言ったから。」
「古い図鑑と新しい図鑑、比べた時にどっちの方に情報が多いと思ってるのよ。」
「え、新しい方?」
当たり前じゃない。新しい図鑑の方がそれだけまとめられてるし。それだけ・・・えーっと、改訂が進んでるから、内容も良くなってるんでしょ?この前アテネが教えてくれたよ?
『わかってるんじゃない・・・。』
「分かってるよ。ルル、私をなんだと思ってるの?」
だから、それぐらいは分かってるって。それでもラムが古いの、って言ったじゃん。
「分かってるなら、なんで同じタイトルの古い図鑑を持ってきてるのよ・・・。まだ見たことが無い図鑑ならまだしも。」
ちょっと、むっとした。それぐらい、分かってるけど。ここは、反論したい。
「分かってるけど、何を見て何をまだ見てないのか、それこそ覚えてないよ。」
『ウィーン、パリスにそれを求める方が間違ってる気がしてきた。』
「そうね、ルル。とりあえず、見たことがない図鑑があるだけでよしとしましょうか。」
「ねぇ、なんか私の事のけ者にしてない?こんなバカな奴の相手出来ない、とか思ってない?」
私はそこまでバカじゃないぞ!・・・って、私は言ってるんだけど。
「何のために確認した図鑑リスト作ってると思ってるの?確認すれば済む話じゃない。」
「あ・・・。」
『忘れてたのかしら?』
『これは忘れてたね。』
う、ウィーンの言葉が耳に痛い。そうだった、調べ終わった図鑑が分からなくなるから、リスト作ってたんだよね・・・。ううう、ラムとルルの言葉も突き刺さるよ、ぐさっと。
「と、とりあえず、時間もったいないし調べよ?」
仕分けも終わった。お小言も頂いた。あとは、男子が来るまでの間の時間がもったいないから、その間調べるだけだ、よね。
「そうね。もうちょっと調べましょ。」
おずおずと手を上げながら、の控えめな一言に、ウィーンがこくりと頷いた。それがうれしくって、ついつい笑顔になる。大きく頷きながら、私はまだ見てない方の山に入っている、『地上の植物』を、ウィーンは『地上から消滅した植物』を手に取った。
『消滅した植物、ってどういう事かしら。』
『もうない、ってことじゃないの?』
『そうですけど、そういう意味じゃなくて・・・。』
ラムがタイトルを眺めながらつぶやく。ルルが返すけど、どうもしっくりこないみたいだ。
「消滅、ってきっと絶滅と同義語だよ。」
「絶滅と同じような意味、ってこと?」
「多分ね。絶滅は50年間この世界では生きている個体は居ません、ってことになるけど、それがいつからいないのかわからないなら、消滅って言葉が使われててもおかしくはないかな、って。」
『もうずいぶん前から生きてない、って思われてるってこと?』
「そんなニュアンスかな。」
「へー。でも、化石とかは?」
「そういうので初めて分かることもあるのかもね。この場合は絶滅と同じような意味で使われてるとは思うけど。」
私は、言葉一つなんてどうでもいいと思ってるんだけど、ラムやウィーンにはそんなこと無いんだなー、って思う。別に、似たような意味ならいいじゃん、ってなっちゃうんだよねー。
まだラムがウィーンに食い下がってるみたいだけど、私はぺらぺらと図鑑のページをめくり始めた。なんだか、この中にはない気がするんだけど、どうなんだろ・・・。
私が本を開いてページをめくり始めたからだとは思うんだけど、ラムとウィーンの声も小さくなって、そのうち同じようにページをめくる音だけが聞こえてきた。ぺらり、ぺらり、って無言のうちにめくって行く。そのうち、なんだか不思議な感覚に囚われ始めた。今、自分は、何か大きなものを調べてるんじゃないか、っていう・・・。
『見つからないねー。』
私が真剣に何かをしていると、ルルが注意力をなくす。そんな私達だから、やっぱり、先に根を上げたのはルルの方だった。
「そんなに簡単には見つからないよ!って言いたいところだけど。」
「本格的に見つからなくなってくるとやる気も無くなるよね。」
ウィーンもうーん、と背伸びをしながら口を挟んできた。うん、飽きるよね。分かる、良くわかりますとも。
「やっぱり、絶滅したグループなんじゃないの?」
『パリスの方にはそれっぽいもの1つも無いしね。』
「じゃあ、クロウメモドキ科を見てみようか。」
『そうねー。パリスとルルもどう?』
「あ、見る。」
『見る見る―。』
そうして、私とルルも同じ図鑑をのぞくことになったんだ。
クロウメモドキ科のページを開いてぱらぱらと捲って行くウィーン。そのスピードが私よりも断然速くて、ちょっと自分が未熟だな、って思っちゃったり。写真がまったく無い、イラストだけの図鑑って事が、この図鑑の古さを物語ってる。そんな時、ぴたり、とウィーンがめくるページが止まった。
「どうしたの、ウィーン?」
「・・・パリス、ちょっと写真取って。」
「え、この、枝の写真?」
「そう。」
真剣なウィーンの声に私は首をかしげながら写真を手渡す。そうしたらウィーンは写真を1つの図鑑のイラストの隣に置いた。
「このイラストなんだけど。」
『大きな葉っぱのあいだから、枝の先に花があるね。』
『3つの茎があって、その先端がさらに3つに分かれてます。』
「花の形は、星型、だよね。」
私たちは、ウィーンが指差したイラストと写真の特徴をみんなで確認していく。静かな興奮が、じわじわと広がり始めていた。
「花の色は、紫で、黄金の実を花があったところに付ける、って書いてあるわね。」
ウィーンもうん、と頷きながら顔を上げる。たぶん、そのままこの植物じゃないにしても、それに
とっても近いものを見つけた。んだ。
ってことは。
「じゃあ、これは。」
「セントヘレナ・オリーブの仲間だと思うな。」
『やりましたね!』
『わーい、特定できた!』
「やったー!」
やった、ついにそのものじゃなくてその仲間かも知れないけど、見つけた!近い仲間を見つけた!今までかわるがわる頑張って来たかいがあった!
『やった!』
『やりましたね!』
「ウィーン、流石!」
うれしくてあがる歓声。思わずがたり、と立ち上がっちゃった私に、ぴょんぴょん飛び跳ねる妖精たち。それに、ウィーンもにこにこと嬉しそうだ!
「はいはい、みんな騒がない。じゃあ、これ以外の本は片付ける方に移そうか。」
喜びに満ち溢れてる私と妖精2匹に、ウィーンの苦笑に満ちた声が届いた。
はっと我に返るラム。やばい、って顔してるルル。それに、間抜けな顔してるだろう私。それぞれの反応をみて、ウィーンはクスクスと笑った。
「そんな顔してないで。私もうれしいけど、ここで騒いじゃダメじゃない。」
「ああ、うん。そうだった!」
『パリスはどこまでもパリスだね・・・。』
そういえば、図書室に居たことをすっかり忘れてた私は、ぽん、と手をたたいた。
「パリス、そんなことも忘れてるのか?」
「あー、くっそー。なんで何にも話してくれないんだよー。」
「ひゃあ!!」
後ろからいきなり話しかけられて、予期せず大きな声が飛び出る。さすがに今回のは私も悪かったから、もう一回睨んで来た司書の先生や他の生徒たちにぺこり、ぺこりと首を下げた。
そのまま、後ろを振り向いて、そこにいたカイロとリアドを睨みつけた。
「いきなり驚かさないでよ!」
「勝手に驚いたパリスが悪い。」
「カイロ、今日なんで怒ってるんだよ?」
私は当たり前の抗議をしただけなのに、怒りがにじみ出てくるカイロ。リアドは、そんな様子のカイロを意味分からない、って顔で見つめている。
『うーんと、カイロはカイサの事嫌いだからさ、そのせいなんだけどね。』
ティラが苦笑をたたえながら言うと、リアドはなおさら首をかしげた。
「確かに、オレ達の方は収穫0だけど。」
『カイサの話が分かんないんだよー。』
『そもそも、あんまり話してくれないしねー。どっかの誰かさんのせいで。』
リアドよりも妖精2人の方が手厳しい。特に、ティラがカイロに対して、いつも以上に手厳しい。どうしたんだろう?
「ティラ、どうしたの?」
『あ、パリス。えっと、カイサが去年の事根に持ってて。話聞かせてくれないの。』
「おい、ティラ。」
『パリスー、カイサのとこ行ってあげて。なんか、さみしいみたいだったから。』
「うん、オレもその方がいいと思う。パリスの方が話聞けるだろうし。」
そういえば。私は最近カイサの所に行ってない。枝の事を調べるのばっかり優先してて、カイサはまだ入院中なのに、お見舞いらしいお見舞いをしてなかった。
「行ってあげなよ、パリス。この二人が居れば片付けもちゃんとできるし。それに、どうせ今夜話さないといけないんだから。」
すっとウィーンの方を見ると、こっくりと頷きながらウィンクをしている。確かに、この発見は今夜話さないといけないよね。
「直接食堂にくれば、いいんじゃね?」
リアドもこう言ってくれてるし。
「じゃあ、私、ちょっとカイサのお見舞い行ってくる。」
『片づけとか任せちゃうね。』
うん、と力強く頷きながら、私は鞄を手に取った。
「食堂に18時にしましょ、パリス。」
「わかった!」
ウィーンが食堂集合の時間を教えてくれる。それに振り返りながら答えると、私とルルは駆け足で図書室を後にした。
※ 「セントヘレナ・オリーブ」は実際に近年絶滅した植物です。が、この話は実在しない世界の話を書いているので、関連性はありません。この二つに関連は全くございません。
2012.9.30 掲載
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