3章:伝説と現実…5



 図書室にとんぼ返りした私とルルは、司書の先生の前に立った。食事時間に差し掛かってきている事もあって、なんだか、さっきよりも人は少ないみたい。
「あら、どうしたのです? 」
 眼鏡をずりあげながら、司書のヘルシンキ先生は私の事を見た。
「先生、図書室閉める前に1つ調べごとを手伝ってもらいたいんですけど」

 私がそう切り出すと、眼鏡の奥の先生の目が大きくなる。ぱちくりさせてて、先生の表情が分かりやすい。うん、私が調べ事なんてするはずない、って思ってるでしょ。
「貴方が、調べごとですか」
 はぁ、ってため息みたいな効果音が付きながら先生は向き直ってくれた。
「古い言い伝えについてなんです。あの、りくちの奥にあるっていう第四世界について何ですけど……」
「あら、また珍しいですね」
「ちょっと、課題で必要になったんです」
「……そうです、か? それなら構いませんが」
 ちょっと不思議そうに首をかしげながらも先生は検索をする端末を起動してくれた。なんか、ちょっと申し訳ない気もするけど、そこはそこ。待たせちゃうのも悪いから、あわてて口を開いた。
「えっと、第四世界の詳細が出来るだけ知りたいです。あと、信ぴょう性についての本とか」
「調査書のような感じで大丈夫かしら? 」
「はい、大丈夫です、多分」

 かちかち、と検索してくれている先生を確認しながら、私は思い出した。そうだ、そうだ、地図もだよ。
「先生すみません! 地図も、りくちの地図も検索に追加してもらっていいですか? 」
「地図ですか」
「言い伝えとかがある地域とかを確認したいな、と思ってるので」
「わかりました、りくちの詳細な地図ですね」
「お願いします」

 あぶないあぶない。すっかり忘れてた。これが無いと始まらないのに。この地図でどのあたりにカイサが言っていた「口」がありそうなのかを確認しないといけないのに。
 私の肩の上でルルは大きなため息をついた。そうだよね。地図が無いとなーんにも始まらないよね。
 私は正直何もできないから、待つだけ。じりじり、と待った。検索結果の紙を印刷しながら、ヘルシンキ先生はペンを手に持つ。そして、眼鏡を軽く直しながら私の前に紙をぺらり、と置いた。

「第四世界が実際にあるのではないか、と言われている研究調査書も見つかりました」
 先生はそう言いながらリストの2番目にある本の名前にマル印を付ける。
「ほんとですか!?」
 がばっ! って効果音が付く勢いで先生の顔を見上げる私に、先生はまた一瞬きょとん、って顔をする。しまった、また驚かせちゃった。
「ええ、そうですよ。この研究調査の本の著者たちが参考にしたという参考文献はこれと、これです」
 そう言いながら、先生はリストの他の本2冊にも印をつけた。
「地図もありましたか? 」
 本のリストを覗き込みながら、私は先生に聞いた。

「この研究調査が執り行われた地域についての地図はこれ、が一番お勧めですね」
 そう言いながら先生はもう一枚の紙を私の前にぺらり、と置いてその地図に印をつけた。
「先生、りくち全域の地図も出来たら借りたいんですけど……」
 その場所じゃなかったときのために私は全体の地図も借りておくことにした。だって、全然見当違いで見つからないってことが一番嫌だもん。
「ええ、それならこの地図が一番詳しいと思いますよ」
 そう言いながら先生は2枚目の紙のリストの一番上にある地図の名前に印をつけた。

「これ、全部借りることできますか? 」
「貴女のカードに空きがあれば可能です」
 地図の情報も手に入れたこともあって私は意気込んで聞いた。図書館閉館の時間と待ちあわせの時間は近づいてきてる。ルルがさっきから時計ばっかり気にし始めているのもそういう理由だと思う。
 だからこそ、私は先生に促されるままに図書カードを手渡した。
「空きはあると思うんですけど……」

 ぴっ

 先生が専用の読み取り機械の下にカードをかざすと、画面をみた。きっと、そこに表示される仕組みなんだ。ルルもへぇ、って感じで眺めてる。……やだな、滅多に図書館利用してないことがばれちゃう、って思ったのは後の祭りだよね。

「大丈夫そうですね。では、これらの書籍を見つけてきましょうか」
 眼鏡の奥でにこり、と笑う先生に、私も大きく頷いた。
「はい、私、地図持ってきますね」

「完全に時間オーバーなんだけど! 」
『しょうがないよ、ヘルシンキ先生ですら本を見つけるのに時間がかかったんだから』
「でも、30分オーバーはまずいって! 」
 私は今、必死に食堂に向かって足を進めていた。滅多に開かない書庫の中に保管されていた本を借りてきたわけなんだけど、その書庫の鍵が見つからなくて20分近くかかっちゃったんだよね。ヘルシンキ先生はドジな先生としても有名なんだ。だから、分からないわけじゃないんだけど、さぁ。
「ご飯も無くなっちゃう! 」
『それは優しい誰かが取っといてくれてるって』
「それでも、私が食べたいものがあるかどうか、分からないじゃないのー」

 両手に本と地図を抱えて走ってるから、全然進まない。さすがに、ここで能力を使うのはまずいよなー、って思いながら足だけを進めた。今日前科が1回あるから流石に2回はまずい。たとえ見つかったのがロンドン先生だとしても、今回は見逃してもらえないと思う。うん、むしろ、キャンベラ先生とかオスロ先生に見つかるリスクの方が高い、よね。
 だから、私は出来うる限りの「通常の速さ」で足を進めた。

 食堂は17:30から19:00まで開いている。だからまだ時間としては平気なんだけど、18時に待ち合わせしていた身としては、これは正直迷惑をかけたと思う。だって、多分ウィーンとかは食べてないよね……
 食堂の大きな扉が閉まっているのが見えた。生徒たちの集中するピーク時間帯を過ぎたから閉めたんだろうな。この扉って内側に開いたっけ? 外側に開いたっけ?
 ドアの前で私ははぁはぁ、と息を整えた。思い本を持ちながらの全力疾走。途中先生には会わないで本当によかった。何とか息も落ち着いてきたところで私はふぅ、と大きな息をつく。ドアの取っ手をなんとか持って、ゆっくりと引っ張った。

 ぎ〜

 重たい音がしてドアが開く。そしてできたすき間から私は食堂の中に体を滑り込ませた。

「パリス、こっちこっち! 」
 ウィーンが大きく手を振りながら私に場所を教えてくれた。
「ウィーン! ごめん、遅くなった! 」
 ウィーンが取っておいてくれた席に荷物を置いて座りながら、私は自分の周りの人たちを見回した。大荷物で現れた私に、モスクワとアテネがぽかん、としている。それに、妖精たちもざわざわしていた。

『パリス、それ何よ〜!?』
『なんでそんなに大荷物なの? 』
 キイにリュアが口々に聞いた。私はと言うと、まだ肩で息をしている状態。そんな時、ウィーンがお水を持ってきてくれた。答えるのはルルに任せることにして、私はお水をぐいっ、と飲む。
『ちょっといろいろあってね』
『何その言い方! 気になるじゃんか』
『そうよ、ルル。もう少し詳しく教えてほしいわ』
「キイの言ってる通りだな」
「何があったの? 」

 キイとリュアの反応はそのままモスクワとアテネの反応につながる。それを私は横目で見ながら、ウィーンが取っておいてくれたご飯を目の前に持ってきた。
「後で! とりあえず、ご飯が先! 」
「そうね、ご飯の後に説明してもらいましょ」
 ウィーンだけ訳知り顔だったけど、私はうん、と頷いた。見ると、モスクワとアテネ、それにカイロはご飯を食べてたけどウィーンとリアドは手を付けてなかったみたい。
「2人とも、私の事待ってなくてよかったのに」
「気分、気分。だって、みんなと一緒の方がおいしく感じるだろ? 」
「それに、手を付けちゃったら途中であなたを探しに行けないでしょ? 」
 ウィーンの言葉に、おもわずうん、と頷いた。確かに、途中で席を立つのは出来るだけ避けた方がいいよね。
 私は事態を一応理解すると、ぱちん、と手を合わせた。
「いただきます! 」
「オレも。いただきまーす! 」
「私も。いただきます」

 それに続くみたいにリアドとウィーンも手を合わせて食事を始めた。
「ほんとに、律儀だよなぁ」
 カイロがポツリ、とリアドの隣でつぶやいたけど、リアドは聞こえないふりをしている、みたい。ま、気持ちはわかる。カイロの嫌味なんてなんで聞きながらご飯食べないといけないのか、ってことだよね。
 私ががぜん洋食派ってことをよーく分かってるアテネかウィーンがこのごはんを取って置いてくれたんだろうな、ってことがすぐわかる。丼ものと麺系のセットを食べてるリアドや中華系食べてるカイロにカレーの大盛りと小かつ丼なんて食べてるモスクワじゃない。これは絶対に。
 目の前のハンバーグを口に運びながら、私はモスクワやアテネと話をしながらご飯を食べ進めた。ご飯食べ終わったら、みんなに説明しないといけないな、って思いながら。



2013.1.4 掲載