3章:伝説と現実…6



「あー、食った食った! 後は寝るだけだ」
 寮の部屋に戻ってくるなり、リアドが口を開いた。手分けして持ってきた本と地図をテーブルの上に置きながら、私やウィーンは苦笑い。そんなリアドの後ろにいたモスクワの手が、すぱーん、といい音を立てた。
「寝るなよなー。目、覚めたか」
 後ろから後頭部をはたかれたリアドは若干涙目になっている。うん、痛そうな音はしてたよね。
「さすがに寝ねーよ。分かってる」
 ぶす、っとした顔でモスクワを睨みつけたリアドは頭をさすりながら頷いてる。それはそうだよなぁ。

 みんながそれぞれ部屋でお湯を沸かしたりソファに座ったりしているから、私も温かい飲み物を貰いたいなぁて思う。まったりするには、温かい飲み物、ね。そんな事考えながらみんなの動きを見てたら、モスクワがとんとん、と肩をたたいた。
「んで、パリス。そろそろオレも事の転倒を知りたいんだけど」
 モスクワの言葉に、みんなが動きを一瞬止めた。
「顛末よ、ばか。転んでどーすんの」
 アテネが自分で使ってるマグカップに紅茶のティーバッグを浸しながら、しょうがないって雰囲気で突っ込んだ。だよねぇ、なんか変だよなぁと思ってたんだ。
「んあ? あー、テンマツな、うん」
 生返事を返すモスクワを横目で見ながら紅茶の入ったマグカップをすするアテネが共有スペースのソファに腰掛ける。それで、私(と、ちょっと後ろにいるウィーン)を見た。
「で、そろそろ本当に何がどうしたのか教えてくれない? 」
 くるり、とウィーンに顔を向けた私。説明するのはウィーンの方が得意でしょ、って思念を視線と一緒に送る。……ウィーンは気が付いてくれたかな?
 はぁ、って軽く息をついたウィーンは私に向かって軽く頷いた。
「じゃあ、私からまずは説明するね」

 ウィーンが初めに図書館で見つけた情報について話をする。ここがある意味一番の発見だから、モスクワとアテネ、それにカイロとリアドも真剣に聞いてたみたい。私はこの隙にマグカップにお茶を入れた。ティーバッグを浸しながら話を聞いていると、内容がカイロとリアドがカイサに話を聞きはぐったことに移る。ここでアテネが話をするリアドに向かって「当たり前でしょ、ほんとに……」って呟いたのが聞こえた。
 ここで、私とルルに順番が回ってきたんだけど、私は説明苦手だから、ルルに任せてときどき説明を付け加える。実際の話を聞いたのはルルだし、ここはルルの方が適任だと思ったんだ。
「で、パリスが借りてきた本と地図はこのルルの話とつながるのか? 」
 テーブルの上に乗せられてる地図と本を指差しながらカイロが私に聞いてきた。なんだろ、突っかかる言い方するなぁ。
「そうだよ。あとは場所の特定が必要なんだよね」
 ふぅ、と息を吐き出しながら大げさに肩をすくめて見せた。かっちんきたから、やりかえすって感じでやってみたんだけど、やり返せてるかな、私? そのまま、とんとん、ってテーブルの上の本と地図をたたいた。
「だから、地図とか本を借りたきた、ってところ」

「ねぇ、もう一回カイサが言ってたことを確認したいんだけど」
 私がカイロを涼しい顔して睨んでたら、アテネがメモを片手に割り込んできた。ちょっとあきれられてる気がする…のが気になるけど、気にしない!
「うん。ルル、今度はアテネがメモするって」
『ゆっくり言うね』
 テーブルに座りながらメモとペンを構えるアテネに、ルルが頷きながら答えた。私もおとなしくアテネを見る。カイロの相手なんて、後々。
 みんながテーブルの周りに集まってきた。手にはマグカップとか持ってるし、思い思いの所で聞き耳をたててるみたい。それに、ルルがすーっと息を吸い込む音が聞こえた。
『一方には青い山、一方には黒い川、一方には緑の森、もう一方には黄緑の草原があった、んだって』

 ゆっくりと区切りながら言うルルの言葉にあわせて、アテネのペンがしゃかしゃかと音を立てる。それも一緒に聞きながら、その言葉の意味を考えていた。色と「りくち」の地形? っていうんだっけ、の話だよね。
 ぼんやり考えながらアテネを見ると、ペンのお尻の方っていえばいいのかな、ペン先とは逆の方を口元に持っていった。あ、アテネが考えてる時の癖だ。ペンを口元に持ってく。別に噛むわけじゃないんだけどね。
「ねぇ、みんな。ちょっと思ったんだけど、いい? 」
 実質一番詳しいアテネから声を掛けられたら私たちはみんなアテネの方を向いた。私もぼんやり見てるだけじゃなくて、真面目に聞くことにする。……ルルの頭も借りるけど。
『アテネ、どうしたの? 』
 リュアがアテネの顔を覗き込みながら聞くと、アテネはうーん、ってうなりながら口を開いた。

「この、調べものをするのにグループ分けした方がいいかな、って思ってて……」
 まだ考えがまとまってないみたいなアテネにカイロがああ、って答える。
「俺やパリスが地図見ても分からないからな。その方が効率的だろ」
 投げやり感満載なんだけど、やる気はある、見たい。カイロ分かんないなー。
「じゃ、オレはアテネの方な」
 うんうん、って頷きながらさっそく地図を開こうとするリアドを手で制するアテネ。そして、ウィーンの方を見た。
「ウィーンはこっちに入ってくれる? 」
「もちろん、そっちを手伝うつもりだったしね」
 大きく頷きながらウィーンが本を私に手渡す。
「はい、残りのメンバーで伝説についての研究文を確認してね」
「おぅ、分かった! 」
「了解っと! 」
「しょーがねぇな」
 私たちは口々に応えると、ソファの方に移動した。

「で、よ。伝説の口上ってどんなんだ? 」
 モスクワが今気付いたみたいに聞いてきた。なんか、すごく当たり前な事を聞かれた気がする。
「『三世界伝説』の方?」
 一応聞いてみるけど、なんとなくこっちじゃない気がしてきた。もっと別の事、みたいな予感が。
「うんにゃ、神が眠る地について、何かあったよな?」
 私じゃなくてカイロに話を振るあたり、モスクワも心得てると思う。だって、カイロの家は学者の家だし。
「ああ、『微睡の神』な。本は……これだろ?」
 何冊か借りてきてあった伝説についての本の中から1冊を取り出すカイロ。それにしても、モスクワの漠然とした説明から良くわかるよね。ほんと、そういうところだけはすごいと思う。
 手に取った本を開いて、その伝説というか、伝承のページを開いたカイロ。そのページを私とモスクワは覗き込む。覗き込んでる私たちのさらに上から顔をのぞかせたティラが読み上げた。

『神々の眠りを妨げてはならぬ
神々が眠りし地は暗く、如何なる音も光も届かない
彼の地を守りし戦士は人を元に造られし存在
しかし、人と似て非なるもの
彼の地を守りし戦士は、また、小さき者として神の存在を伝えん
彼らの導きのみが、神のもとに集いし鍵
神々の眠りし地を1つの世界と数えよ
此の世は、四(し)の世界から成る

如何なる時も神を起こしてはならぬ
神々が目覚めし時、それすなわち世の終焉なり』

 なんか、口に出して読んでみると、すごく難しいことが書いてあるんだ、って分かる。なんていうか、口を開いちゃいけないような、そんな気がしてきた。モスクワもカイロも、何も言わない。しん、とした空気が私たちの上に立ち込めた。
 はぁ〜、ってモスクワが息をついて、私たちの時間がまた動き出す。
「改めて聞くと、すげぇな」
 張りつめてた空気が少し軽くなった、かもしれない。モスクワの言葉に、ルルも身震いした。
『なんていうか、ちょっと怖いね』
『あ、確かに! ちょっと意味が分かんない感じが怖いよね』
 モスクワの頭の上に胡坐をかいたキイも同意する。私やモスクワも頷いた。……カイロも、頷いてるみたい。
「“人と似て非なるもの”かぁ」
 ぽつりとモスクワがこぼした。人と似て非なるもの、っていうのはなんていうか、人である私たちが複雑な気分になる。だって、この伝承は“人”が書いているわけで、いったいどうしたのか気になるじゃない。
 それに、私は別の所がちょっと気になったんだよ。
「ねぇカイロ。“小さき者”って何だろ? 分かる?」
 一番物知りなカイロに話を振ると、つまらなそうに足を組みながら、頬杖をついた。
「そりゃあ、なあ……キイ?」
「は?」
『なに、カイロ?』
 ぽかん、とモスクワは目を見開いてるけど、カイロはお構いなしに言葉を続ける。
「“小さき者”だよ。……ま、多分妖精の事だな」

 キイは何で呼ばれたのか分からないからだろうけど、結構すごい表情になってる。それをティラとルルの2人は、はらはらしながら見守ってる感じがした。
 モスクワと私は、対照的になるほど、って顔してると思う。とりあえず、モスクワはしてる。
「なるほどなー。確かに小さいよな」
「大きさだけだけど、確かに……」
 面倒くさそうに私とモスクワに視線を投げたカイロは、くわぁ、とあくびをしながら言った。
「伝説の中では“小さき者”って表現が結構あんだよ。それは大抵妖精の事を指してるからな」
「へぇ」
「さっすが、カイロ」

 ぽん、って手を打ち鳴らしながら同意すると、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めてる、眠たそうなカイロがいた。
「おーい、カイロ。寝るなよな、ふあぁ〜〜」
 そのカイロを起こそうとしながら、モスクワの口からもあくびが漏れる。地図のメンバーはなんだかまだ話の途中みたいだけど、アテネがモスクワみたいに大きな欠伸をした瞬間を見ちゃった。
 だから、私は地図組に乱入した。
「この地図はまだ借りておけるからさ。続きはまた明日にして、今日はもう寝ない?」
「え、いいの、パリス?」
「だってさ、モスクワとアテネが眠そうで」
 ウィーンが気にかけて聞いてくれたけど、アテネとモスクワの様子を指差すとウィーンも頷いた。
「そうね、今夜はもう遅いし、続きはまた明日にしましょう」

 その言葉に半分寝てるカイロを引っ張るみたいに男子部屋に連れて行くモスクワに、大きく伸びをしながらマグカップを洗いに行くリアド。それに、女子部屋に向かうアテネ。
 私もアテネの後を追いかけながら、地図の上にいくつか付箋がつけられているのをちらり、と見る。それを見て何かが気になったんだけど、忍び寄って来ている眠気に負けて深く考えることは出来なかった。

 そしてそのまま、私たちは地上の調査をしている余裕は無くなって、学校の行事に追われることになる。



2013.2.3 掲載