「なんで世の中の学校って秋が一番忙しいんだろ、って思ったことない? しかも、秋には長期の休みが無いんだよ? ねぇ、不公平だよね?」
「とりあえず、落ちついて、アスタナ」
「これが落ち着いていられますか、シャンハイ! 休みがない代わりに私達はここで体育祭に出席してるんだよ?」
「……パリス、何か言ってあげて……」
「こうなったらアスタナは止まらないじゃん、それぐらいシャンハイだって分かってるじゃん」
「さらに、この棒運びを勝たないといけないんだよ?」
アスタナの言いたいことは良くわかる。良くわかるけど、そりゃあ勝たないとチームが勝てないからしょうがないんじゃないかな、とも思うんだ、私は。
私たちは体育祭の本番真っ最中。さらに、次の棒運びの競技に出場するため待機している。アスタナのスイッチ入ったら止まらない怒涛のトークに、何で自分が相手をしているのか心底分からないって顔に書いてあるシャンハイが、私の棒運びのチーム。別に2人の事を全く知らないわけじゃないし構わないんだけど、やっぱりいつものみんなと居る時とは違うよな、って考えちゃう。
「ねぇパリス、聞いてる?」
「え、え!? ごめん、ちょっとぼんやりしてた」
「だから、この棒運びはチームのリレーだし、あのコーンの間をきれいに通り過ぎないといけないわけじゃない」
「うん、そうだね」
「だから、この前の練習の時の作戦覚えてる?」
「アスタナ、心配しすぎ」
「シャンハイは心配しなさすぎ」
「心配するのがアスタナの仕事なら、私の仕事は心配しない事」
「何それ―!」
アスタナとシャンハイは確か同じクラスだったと思う。だから、なんとなく私が置いてきぼりになっちゃうんだけど、それはしょうがないよね。だって、運動会は能力者もそうじゃない人たちも、みんなごちゃ混ぜになって4つの組に分かれるんだから。
ちなみに、私たちは青組。2年生は全部で大体120ぐらいだから、1チーム30人計算。どの学年もそれぐらいの人数になってたと思うな。
能力者もごちゃ混ぜにして、って言ったけど、能力者ってのは能力を使わなくても身体能力が秀でている人が多い。現に、アテネとモスクワがリレーの選手だったりするし、リアドとか見かけによらず力持ち。だから、バランスを取るためにも、能力者たちはあらかじめ組み分けされてたんじゃなかかったかな……? 別に、たいした問題じゃないけどね。
問題は私と同じ2年生青組にいるのが、ザグレブくんとローマってこと。授業は基本的に一緒にいるからクラスメイトではあるんだけど、ザグレブくんとはあんまりしゃべらない。アテネとかよくしゃべってるけど。まあローマはそら出身の雷属性なんだけど……同い年の私が言うのも変かもしれないけど、大人っぽい。うちのチームには居ないタイプだから、憧れるのかも。
つまり。ちょーっと苦手なタイプなんだよね、2人とも。だから自然と一般生たちと同じグループになってた。
「パリス、助けて。私にはもうアスタナについて行けないわ」
「どうしたの、シャンハイ?」
私が2人の前で座ってるから、何が起こってるのか見えないんだ。多分、何か大事になったらルルが教えてくれるけど、この2人の前だからか、あまり出てきたから無いんだよね。妖精も、そのあたりがとっても不思議だなーって思う。……そういえば、何でだろう?
能力者同士なら、たとえ妖精を連れていない人の前でも平気で出てくるのに、能力者じゃないとあまり姿を見せないんだ。デリーとは付き合いが長いから平気みたいなんだけど。
……考えてみたら、ルルが来る前に私が知り合いだったり仲良かった人の前には普通に出てくるんだよね。もしかして、ルルが来てからはダメなのかな。うーん、分からない。
「アスタナを現実に引き戻して」
「あー」
軽く振り返りながら聞いたら、真顔のシャンハイと目があった。そうして言われたこの言葉。いや、それは……。
「それは、無理だと思うな」
「パリスならできると思ったのに」
「私、どうやって思われてるの?」
苦笑いが口元に広がってるかもしれないな、って思う。それでも、シャンハイは私の事をどう思っているのか、気にならないって言ったら嘘なんだよね。だって、シャンハイはしっかり者で社交的でさ。私も学校に来てから友達になったけど、そら出身の子らしくておおらかなんだ。ああ、でも、ちょっとさみしがり屋かも。
アスタナは私もあんまり親しくは無いんだけど、モスクワの古くからの友達みたいだからたまに話すぐらいの事はする。その中でとりあえず分かってることは、普段はおとなしいのに、スイッチが入ったら怒涛のトークとか始まる、ってことぐらいかな……。
「そりゃあ、百戦錬磨のパリスだから。きっと大丈夫だろうって」
「えーっと、その認識はどこから?」
「何となく?」
シャンハイって、もしかして、あんまり考えてないんじゃないかな! 私が言うのも変な話だけど。
「ちょっと2人とも、聞いてる!? 運動会に勝つにはどうしたらいいか、ってことなんだけど」
アスタナの声に私とシャンハイはアスタナの方を向いた。
「やけに真面目に勝つ事を考えてるのね。やっぱり特典のせい?」
「当たり前じゃない! 運動会で優勝したら、体育1時間免除になるんだよ! がんばらないわけないよね」
「へぇ、そうなんだ」
知らなかった。一般生のクラスだと免除になるんだ。それは良いなぁ。日向ぼっこして寝ていいってことでしょ?
「……そっか、パリスは能力者だから、そういう特典がないんだ。そういえばモスクワもぼやいてたなぁ」
「え、なんてぼやいてたの?」
アスタナが面白そうな情報を持ってるみたい。すごく、すごく気になる。
「普通に、ずりぃよな、って」
「それは言いたくなるでしょう、納得じゃない……って、パリス?」
「え、ううん、ごめん。どうした?」
モスクワが「ずるい」って言った? あのモスクワが? 信じられない。
「ずるい」って言葉が一番似合わないヤツな気がするのに。……でも、そうか。アスタナはモスクワにとってのデリーみたいな子なのかもしれない。なんでも気兼ねなく話せるような子。おとなしいけど、ときどきスイッチとか入っちゃうけど、すごくいい子だって事は、分かるんだ。
「ちょっと、大丈夫? もうすぐ本番だよ?」
「うん、大丈夫。全然平気だよ!」
シャンハイが目の前で手をひらひらさせる。それに私はにっこりと笑顔を作って答えた。大丈夫、いちいちそんなこと引きずってたら、私たちの授業じゃ置いて行かれちゃうから!
◇
「位置について!」
棒運びの本番がやってきた。長い棒を3人でもちながらコーンを回りながら一往復して、その棒を次のグループに渡す。これを学年分だから…6つ。学年順に回ってくるという事は、私達2年生は2番手なんだ。今、正に、前にいる1年生が構えたところ。
「よーい!」
能力ご法度の競技だから不安要素は無い。棒運びに関しては、ね。……次に私が出場する騎馬戦が不安なんだけど、まあ、それはそれとしておこう。
「ドン!」
一斉にスタートする1年生たち。いい感じで進んでるんじゃないかな、青組? あ、真ん中の子の足がもつれちゃった! 大丈夫かな?
はらはらしながら見守っていると、いつの間にかコーンを全部まわり終わってこっちに向かって走ってきている。シャンハイとアスタナ、そして私の3人は立ち上がって棒を受け取る準備をした。
「せーの!」
棒を手渡された瞬間、反対の端にいるシャンハイの掛け声で棒を上に持ち上げる。アスタナがちょっとつらそうなのは一番身長が低いから、だね。ごめん。
その私たちの脇をすり抜けるみたいに1年生が通り過ぎた。それを確認する間もなく、私たちは走り出した。
これでも、足には自信がある方なんだぞ、ということで。最初のコーンは私が外側から走る。そのまま次のコーンでは私が中心になってしっかりと動かないようにじわじわ回転しながら次のコーンへ。
この時、4つの組のうち、青組は4番目。さっきの足がもつれちゃって転んだ分のタイムロスがどうしてもできちゃったみたい。
それでも、私たちは走った。コーンは全部で5つ。アスタナは体育得意じゃないって言ってたから走り続けるだけの真ん中になってもらってるけど、なかなかしんどそう。でも、一生懸命走ってるのがわかる。だからかな、私もシャンハイも、一生懸命だ。
最後のコーンを大きく2回回ってから3年生に渡すために走る。2回ってのは学年が2年生だから、みたいだよ……? 最後のコーンの回転で、ビリツーになった。私の足をなめるなって!
そのまま3年生に棒を渡すと私達がやったみたいに棒を上にあげてくれるから、そのまま脇を通り抜けて私たちの出番は終わった。そのままへばりこみそうなアスタナに腕を貸しながら列の最後尾に並ぶ。しきりに謝ってくる1年生に、私たちは荒い息のまま笑顔で顔を横に振った。
「気にしないの! あとは先輩たちが頑張ってくれるって」
一番初めに息が整った私が声をかければ、1年生たち、とくに真ん中の転んだ子ぎゅうと体操服を掴んで下を向いちゃった。あれぇ、私、変な事言ったかな?
「大丈夫だって。先輩たち、2番まで追い上げてきたよ?」
「そうそう。先輩たちにしてあげられることは、応援じゃない? 勝つためには、声援も大切だよ?」
息が落ち着いてきたみたいな2人がそれぞれ声を掛ければ、1年生と戻ってきた3年生が今は4年生に渡った棒を見た。ようやく1年生たちの顔に笑顔が戻ってきたところで、ルルが少し、髪の毛の間から顔をのぞかせた。
『大丈夫そう、だね』
「うん」
小さいルルの声に同じぐらい小さい声で答えながら、私は走っている先輩に声援を送った。
2013.4.27 掲載
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