4章:体育祭と課外授業と…2



「ついに来たねー、この時が!」
「来ましたね」
「パリス、大丈夫?」
「大丈夫なはずないじゃん……」

 私は今、再び入場者のゲートの前に居る。今回は学年は関係なく、各組の総力戦になる騎馬戦のために。一応、男女は分かれている。だけど、逆に言ったらそれだけ。……なんだけど、なんで私が馬なんだろう?
 私の他のメンバーは同学年はただ1人、ソフィアだけ。小柄だから、という理由で上になったんだけど、おっとりしててやさしいから、鉢巻なんて他の生徒から取れるのかな?そうつらつらと考えちゃう。
 それに、当たり前といえば当たり前なんだけど、騎馬戦だから前に1人と後ろに2人。私は後ろの1人なんだけど、前を担当するのはボゴタ先輩。2年も年上の先輩に、ちょっと、いや、かなりビビってます。だって、なんか怖いし。心強いんだけど、怖いんだよ。下級生はみんないろいろ思うところがある先輩、なんだよね(絶対本人には言えないんだけどさ)。後ろのもう1人の先輩は1つ上の先輩で、ラバト先輩。優しく笑ってくれる人なのに、なんか……手の内が分からないとか、何考えてるのか良くわからないとか言われてるんだ。私には優しい先輩だと思うんだけど……どうなんだろ?

 待機の列で待ってる最中に気合いを入れてる先輩たちには悪いけど……憂鬱だよ!私は!だって、この騎馬戦はさ!
「今年はどんな『隠れた妨害』が出てくるかしらね〜!」
「楽しみですよね」
「パリス、本当に大丈夫?」
「ソフィア、私、君を振り落さないようには頑張るね」
「ええ!?そんなに消極的なの?」
「だって、去年は散々だったんだよ……?」
「大丈夫よ、今年はその子味方でしょ?」

 ソフィアに私がいかにソフィアの安全だけは気にするか話してたら、ボゴタ先輩に声かけられた。やっぱり、怖いって思っちゃうのは口調のせいなのか、そのはっきりした性格のせいなのか、どっちもなのか。どれだろ?なんとなく、どっちも、な気がするけど。
「ローマの事ですか?確かに味方ですけど……」
「問題児なんだから、問題起こしていいのよ?」
「あ、いや、ラバト先輩、それはまずいんじゃ……?」
 なんという問題発言してくれてるんですか、ラバト先輩!確かに、騎馬戦は『ばれなきゃ能力者は能力を使っていい』ってなってるけど。それでいいの?私がまだ2年だから、経験が足りないの……かな?

 ぴーんぽーんぱーんぽーん
『騎馬戦に参加する女子は、全員運動場に移動して、所定の位置で待機してください』
 無情にも、アナウンスが。アナウンスが流れちゃったじゃん〜!

 がしぃ、って私の肩を掴むボゴタ先輩がやっぱり怖いです。だって、目が笑ってないんだもん……。
「よし、みんな、行くよ!」
 誰も私の言い分なんて聞いてくれないし、私は半分引きずられながらグラウンドに移動を開始した。……ソフィアだけ気遣ってくれてるような顔を向けてくれたけれど、それでは私の心は晴れる事はなかった。

『さて、今年もやってきました!そらの学校恒例の、騎馬戦です!』
 アナウンスは騎馬戦の前振りを大きな声で伝えてくる。私の気分はウナギ下がり。去年は散々な目に合ってるからだって分かってるけどさ。分かってるんだけどさ。

 去年の騎馬戦で同じ学年の雷使いローマと別の組になった私は、電撃の餌食にされた。他のみんなが上手く雷を避けるというか受け流していた中で、私だけもろに当たっちゃったんだよね。びりびりしびれてる最中でも、ばれない程度に風で足元浮かせたりして終わってみたらそのまま気絶しちゃった……という、所詮黒歴史が詰まってるんだ。そう、黒歴史が。だからだと思うんだけど、騎馬戦は怖いんですよ。
「怖いって……よく言うわねー、去年いったい何人を転ばせたのかしら?」
 ……ボゴタ先輩、さりげなく目つきが怖いです。そして、地獄耳ですよね。
「……覚えてないです、正直な話」
「んー、でもパリスは今年もここに立ったわけだし?」
「そ、そりゃあそうですけど……」
 ラバト先輩がやんわりと間をとりなしてくれ、てる……と思う事にする。見えない能力(風とか電気)は重宝する代わりに明らかに対策を練られてくる能力でもある。つまり、私がいるからと言ってこのチームで勝てるかどうかは分からないし、去年みたいな事にならないためにも、これからを潜り抜けないといけないの、私は。

『選手の皆さんは騎馬を組んで準備してください』
 アナウンスの声に私はソフィア、ボゴタ先輩、ラバト先輩と共に会場の位置で騎馬を組みに入る。前を担当するボゴタ先輩がしゃがんで私とラバト先輩が上に乗るソフィアのための足場を組む。その足に自分の足を乗せたソフィアがきっと前を向いた。
「それじゃあ、行きましょうかね!」
「まずは赤組に行くわよ!」
「え〜、赤組なんですか?」
「そう。ちょーっと思い知らせたい奴がいてね……」
「ラバト〜、あんまり2年の2人をビビらせてるんじゃないよー」
「ビビらせてなんかないですよ、先輩」

 馬の状態になったところで、作戦会議。もちろん耳は競技の開始を知らせる鉄砲音を今か今かと待ってる。……ところで、赤組に行くことになったの?いまいち話がどこに落ち着いたのか分からないんだけど。
『それでは!位置についてー!よーい!スタート!』
 ぱーん!

 アナウンスの掛け声と共に鉄砲の音が響いた。その音と共に、私たちは走り出す。騎馬戦に抜擢される人のうち、1人は必ず能力者……ってのは、多分予想できるよね。1年から6年まで入れて各組に10個馬を作れるぐらいの能力者の生徒が割り振られてる、はず。男女それぞれ騎馬戦をやるから、私たちの後は男子だよね……って考えてたら。
「うわ……ウィーンがいるじゃないですか……」
 赤組の方に向かって進んだ私たちは目の前に一つの馬を見つけた。身長が私とあんまり変わらないウィーンは、馬。というか……早速来たな。ウィーンの水のせいで足元の土がぬかるみ始めてますよ……?
 私は素知らぬ顔をしながら、風を足元に流して地面の湿り気を少し取る。ここで足を取られて転倒、なんてことにならない程度に。本当は浮かせちゃえば早いんだけど、慣れてる私はともかく、先輩たちが逆にバランス崩さないか心配なんで、今回はパス。そうしながら、ウィーンじゃなくて他の馬の人の足元にちょっと強めの風を送り込んであげる。ウィーンというか、能力者には気取らせないのが作戦なんでね。

「ラバト!やっぱりこっちに来たわね!」
「当たり前じゃない!さぁて、上手く取ってね、ソフィア」
「あ、え、は、はい!」
 ……ラバト先輩と上に居る小柄な人が言い合いを……ああ、だから赤組なんて言ったんですか。超私的な理由ですか。
「右へ!」
 そんなことを考えてたらボゴタ先輩から声が飛ぶ。慌てて右に移動すれば、上に乗るアテネの手(と蔓伸びてますけど……ばれなきゃいいんだよね、先生の居るテントからはかなり遠いし)がソフィアの頭の在ったところをかすめた。
「残念!」
「うわあ、危ない……」
「……性格的にやっぱりソフィアに上は向いてないよね……」
 私は風のバリアをソフィアに知られることなく頭部につけながら、当初の目的通りに赤組に向かう。白組のアテネたちはとりあえず別の騎馬に向かってくれたみたいだし……って。行く先はローマのいる騎馬じゃん。いや、私には関係ないけどさ。

 意識を前に居る赤組の騎馬に戻して、私は鉢巻をはためかせる風を作った。頑張れソフィア、掴むんだ!

 ドンピシャなタイミングでソフィアの指が相手の鉢巻を掴む。それをそのまま引っ張ったところで、急に背後が暗くなった。

「あ、やば」
「え……?!」
 ボゴタ先輩の言葉の後、私は足元から伝ってくる感覚に痛みを覚えるとともに、ソフィアの残念そうな声を聴きながら意識を手放した。

「パリス、大丈夫?」
「……頭、いたい……」
「……右に同じく」
 ソフィアの声にゆっくりと目を開きながら答えれば、右側のベッドからも似たような声が、それも聞き慣れてる声が聞こえた。ゆっくりと顔を動かせば、そこに見えるのは水色の髪のチームメイトの顔。そのしかめっ面に、同じく電撃の餌食になったのか、と私はようやく悟った。

 その後救護室に来たボゴタ先輩の話によると、ボゴタ先輩の学年の雷使いの方が犯人、らしい。何でも、能力とか当たるのに慣れてるから、という理由で能力者だけをピンポイントに狙ってたみたいなんだけど、ウィーンも私の近くにいたから感電したみたい。空気は電気を通すし、水は感電しやすい。だから飛んだんだろうね……というか、ウィーンの方が容態的に大変なんじゃ……?
「私、今になってあんたが去年、延々とローマを避けてた理由が分かったわ」
「えーと、そりゃどうも?でも、去年の方が私はつらかったけど……ウィーンはやっぱりつらいっしょ?」
「なんだっけー、電気を通さない水もあるよね?それは出ないの?」
 ソフィア……君の言葉はとてもほんわかしていて好きなんだけど、それはこの場で言わない方がいいんじゃないかな……?
「純水、ね。不純物を含まないから電気を通しにくくなるっていう……。出せないって程じゃあないけど、大変だから普段は使わないのよ」
「そーいうものなの……」

「ソフィア、パリスと一緒に青組に戻るよ。私は赤組の奴に声かけてから行くから」
「はーい、先輩」
「分かりました。……じゃウィーン、後で」
「うん」
 私がしっかりと受け答えしてるからだと思うけど、ボゴタ先輩もちょっと表情が緩い。それでも、目元が怖いです。怒ってますって書いてあります……。ああ、あの雷の先輩の無事……を祈れるほど、人は出来てないんだよね私。でも、とりあえず体育祭に戻ろう。それからだよね。

 私はウィーンが横になってるベッドに声を掛けてから起き上がった。うん、大丈夫そうだ。
 それを確認してから目を閉じるウィーンにお姉さんぶらないでいいのにって感じながら、先に救護室を出た先輩とソフィアの後を追うためにドアへ向かった。



2013.12.15 掲載