運動会は結局、私の青組は3位に終わった。ていうか、あの後の騎馬戦男子でも女子と順位はあまり変わらなくて、騎馬戦の順位があまり変わらないで運動会終わったみたい。うーん、何か後味悪いよなぁ。だって、あの後、私はもうひとつ競技にエントリーしてたんだけど……頭痛くってフラついてるのに流石に無理だ、って事になったから代わりに別の子が走ってくれたんだ。さらに言えば、私は午後になって保健室に逆戻り。思ってた以上に強い電流だったみたいでさ……ウィーンは私より辛そうだったけど……。
「パリス、まだ調子悪い?」
「一晩ぐっすり寝たからだいぶマシ……だけど、今日はあんまり動きたくないかも、しれない」
私は聞こえてきた声に答えながら顔を向けた。顔を向けると、心配そうな目をしたアテネが覗き込んでくる。私としては大したことない、って言いたいんだけど……実はけっこう「大した事」になってるから取り繕えないんだ……。
「そういえばさ、アテネ。あの先輩、どうなったのかな?」
去年、確かローマは罰を受けてた気がするんだよね……課題が増えてたり居残りさせられたり。だからきっと私とウィーンを撃沈させた先輩もそうなんじゃないかなー、って思ったんだけど。
「さぁ。私の耳には届いてないよ?」
さらっとアテネから答えが返ってきて、ちょっとだけ飽きれる。確かにアテネにはどうでもいい事だろうし、学年違うとそういう話ってなかなか流れてこないけど……。さすがにあっさりしすぎじゃないか?
「あの人、一回感電してみるべきよね……」
地を這うように、って言うんだよね、低くっておっかない声でウィーンが会話に参加してきた。昨日感電した後ずーっと保健室に居たウィーンだけど、夜に帰ってきてすぐに寝ちゃったんだよね。だから、私以上にいったいどうなってるのか、きっと分かってないんだと思う。
「ウィーンは今日一日安静にしてないと課外授業行けなくなるよ?」
「それはわかってる。というか、起きたくない……」
「ウィーンさ、保健室行った方がいいんじゃない?顔色悪いよ……?」
「……そんなに?」
『そんなに、ですね、ウィーン』
もそりと動く音とともに、枕元からラムがふわりと空中に飛び出す。その様子にちょっと驚く私。だけど、ウィーンは慣れてるみたいでちっとも驚かない。……まあ、そうか。ルルがいきなり髪の中か出てくるのとおんなじか。
「そう……」
「ウィーンはおとなしく寝てること。パリスはご飯行くよ。課外授業のプリントとか、まとめないといけないんでしょう?」
ラムにはっきり言われたからなのか分からないけど、ウィーンは小さく答えると、そのまま枕に頭をくっつけちゃった。実はめちゃくちゃ辛かったんじゃないの?だったら初めから無理しないでいいのに……。というか、さっきアテネはなんて言った?
「……うげ、そうだった。課外授業の準備なんて面倒くさいなぁ」
『体育祭と文化祭はもっと面倒だからってやらないって言ったのはどこの誰よ?』
思わずこぼれた言葉はルルに拾われた。私は全部嫌なんだよ。実行委員って責任もってちゃんと物事進める人でしょ?私ほどそれが出来ないって分かってるヤツもいないんじゃないかな?
「できないと思ってるからいつまで経っても出来ないのよ?」
ウィーンの寝息が聞こえてきたからか、すこーし小さなアテネの声がドアの所から聞こえた。しょうがないから視線だけアテネに向けたら。私はなんで手招きされてるの?起きろってこと?そういう事なの?
今日の私にはいつもみたいな元気はないから、少しゆっくり起き上がって着替えるために学校指定のワンピースを手に持った。
「着替えたら行くから待っててー」
「分かったわ。あんまり遅かったらまた見に来るからね」
ドアの所で待たれるのはあんまり好きじゃない。どっちかといえば、待たれるのは全部苦手。だからできるだけアテネを待たせないようにしないとなー。でもなー、アテネはどっちかって言うと待つ方が好きそうだよね……。
『パリスー、手が止まってるよー』
「あ、いけない」
ついつい考え事始めちゃうと考えに没頭しちゃうの、何とかしないと……。そんなちょっぴりの反省もしながら着替えと髪を結って、ドアに向かった。
「それじゃウィーン、ゆっくり休んでね」
『心配に及ばないわよ、パリス』
「ラムがいれば安心だよね、よろしく〜」
ドアを開く前、ウィーン(むしろ、ラムかしら?)に声を掛けてから、私はアテネが待つ共用エリアに向かった。
◇
「パリス、プリントどこまで出来てるんだ?」
「雲工場の役割の……半分ぐらい、かな」
「雲工場の仕組みは書いたの?」
「まだだよ、ローマ」
「マセル、あんたもまだなの?!」
「んだよ、まるでオレは出来てるみたいな口調」
「できてないのはパリスとカイロだけだと「オレは出来てる。リアドやモスクワじゃあるまいし」
「ほんっとむかつくわね、カイロ」
「あ、そこだけはローマと同じ気持ちだ」
「……パリス、そんな事より手ぇ動かそうぜ……」
「……そうだね、マセル……」
課外授業の実行委員会として、今回はそら出身者が集められているのは、行く場所が行く場所だから。学年が上がれば他の世界に泊まり込みで課外授業、なんて事もあるから……そうなったらそれぞれの世界の出身者が実行委員会になるんだ。
別にそらの事なんだから、何も私達じゃなくったって……って正直思う。2年生は雲工場の見学に行くから、雲について詳しい私たちに任されてるんだろうけどさ…。
一般クラスと能力者クラスはこういうところで扱いの差が出てくる。私達は私達4人だけでしおりを作らないといけない。一般クラスは先生がある程度参考になる本とかのリストをくれるんだ、ってデリーが言ってた。ひどいよー、先生たちひどいよー。……そう思わない?
そんな泣き言言っててもしょうがないから、私は今目の前にあるプリントを見た。手分けしてしおりに載せる項目を書きだしてるんだけど、さっきの口調だと安全面についてとか全体の様子を書いてるローマと雲工場の歴史と成り立ちをまとめてたカイロは終わってるな……。
でも雲工場の事はさ、そらで生まれ育ってる私達にとってはそんなに難しい内容でも珍しい物でもないんだよね。ただ、他の世界から来たみんなにとっては結構衝撃らしい。雲の上を歩ける、って事が。もちろん、自然発生の雲でもあるけるぐらい分厚い雲もあるけど、普段使われてる雲は課外授業で見学に行く雲工場で作られてる、んだ。
「ローマ、どれぐらいの長さにするんだっけ?」
「半ページにまとめてくれると、最後微調整とかが楽なんだけど」
「うーん、ってことはあと少しかな」
自分のまとめた内容を見ながら、私は腕を組んだ。その腕の上にルルが無言で座る。
「やべぇ、パリスに負ける……」
「手ぇ動かしてるんじゃなかったのか、マセル?」
「動かしてらぁ!でも図を描くオレの気持ちも分かれっての……」
マセルは私やカイロと同じそら出身。ローマの居る、もう一つのチームのメンバーで、私と同じ風の能力者。もっとも、私ほど瞬間的な力は無いけど。代わりにいつまでも風を作り続けることができる……うーんと職人系の能力だよな、って思う。そうそう、もう一つ、職人気質なのかどうなのか分からないけど、マセルは線を引いたり地道で細かい作業でもいつまでも出来たりする。すごいよね、私は飽きちゃうから真似できないよ。
「なあ、来年の課外授業はどこ行きたい?」
そんな時、唐突にカイロの声が耳に入った。
「カイロ、何言ってるの?今は目の前にあるこの課外授業の事を考えなさいよ」
「オレ達はこの世界で生まれ育って、ここで生きてるから、雲が普通だけどよ。りくちの連中が言ってる「大地」ってのは知識で知ってても、実物は知らないだろ?それと同じだろうなって思って。だからどんな世界があるのか、知りたくなるよなー、ってだけだぜ?」
ローマとマセルが手を止めたのが分かった。私はカイロの話は聞いてるけど、今一生懸命に原稿に書き写してる。本の中の内容を自分の言葉で書きなおすのって難しいね。後で、いつも教科書の内容を言い直してくれてるアテネにお礼を言わないと……バチが当たっちゃう。
ふと目を上げると、カイロと目があった。それで、確信した。カイロのさっきの質問は、本当に聞きたいことじゃない。だけど、私には本当にカイロが聞きたい事が何か、全く見当がつかなかった。
「んとによぉ、カイロ。どぅしたんだ?」
「いや、単なる好奇心だけど?」
「そんなことじゃないかと思ったわよ!カイロ、こっちで「できた〜〜〜〜!!!」
出来た出来た!カイロがなんかよく分かんない話をしてるうちに、最後の部分が出来た。うん、後はチェックしてもらうだけだね。
「げげぇ、パリス出来たのか?」
「できたよー。ほら、がんばれマセル」
ローマは途中で自分の言葉が遮られたことに対してはちょっと怒ってるみたいだけど、原稿が出来上がったことに関してはむしろホッとしてる、気がする。後はマセルが描いてる図だけだ。
「パリス、あんた顔色悪いわ」
「へ?」
いきなりローマに言われてきょとんと見返すことしかできない私。だって、別にそんな体調悪いとは感じないんだもの。
「ああ、確かに顔色悪いな。よし、ローマ、マセル、今日の所はこれぐらいでいいか?」
「はぁ、何言ってんだよカイロ?」
おお、マセルと同じ意見だ。何言ってんだよ、カイロ。
「別に、ちょっとふらつくだけだからさ。ちゃんと2人を手伝ってよ」
わざわざこんなこと言わせないでよね、って思いながら口を開く。プリントまとめる方が大切でしょう、どう考えても。
「カイロ、パリスをちゃんと連れて帰って」
「ローマ!?」
ローマの言葉には私もびっくりした。声は出てないけど。……マセルってさ、向こうのチームじゃいじられ役らしいんだけど、理由がよくわかるよね。こんだけ反応良ければついついからかっちゃうよ。
「課外授業は3日後でしょ?その時にあんたがいない、ってのは困るのよ。だから、今日はもう休みなさい。あとはマセル待ちだし、正直カイロがいても何もできないしね」
ちょっとだけ優しい口調のローマに、私は珍しく頷いていた。なんか、ローマって実はとっても優しいんじゃないかな、とか思いながら。
「おう、じゃあ今日の所はここでな」
「明日はコピーとかそういうのがあるから」
「その前に先生にチェック貰いに行く必要があるだぁろ、ローマ。それが先だぁ」
「分かってるわよ!じゃあね、パリス、カイロ」
「おー」
「お、おやすみ!マセルがんばってね!」
強制的に、っていうのかな。カイロに腕を引っ張られながら教室を後にして廊下を歩く。実はカイロの腕がすごく助かってる。なんか、平均感覚がおかしいみたいでふわふわしてるんだよね。
「明日ぐらいには治ってるだろうけどな。昨日の今日なんだからちゃんと休めよ」
「うへーい。ウィーン程じゃあなかったし、プリント作らないといけなかったし」
「ったく。それで自分が倒れたら元も子もねーだろ」
「……優しいカイロって気持ち悪いね」
「あ?聞き捨てならねーな、こら」
小さい時はこういうやりとりが普通だったのになー、とか思いながら廊下を歩く。歩きながら、私はさっきのカイロの言葉の意味を聞こうかどうするか、迷っていた。もやもやしたまま口を開く。でも、口をついて出てきたのは全く違う言葉で、自分でも少しびっくりした。
「カイロは帰っても寝ないでしょ?なにするの?」
「地図の方手伝うさ」
「………地図?」
「カイサが枝持って来ただろが。その場所を見つけるために、前にお前が図書館から地図を借りてきただろうが」
「ああ!」
「もし、アテネたちが何かやってたら、な。何もやってなかったら寝ちまうさ」
「そっか」
その時は本当にそう思ってたんだ。だけど、後から思うと、カイロはこの時帰ってからの時間を使って、あの仕掛けを考えていたんだよね、きっと。何かそれが腹が立ってくる。でも、カイロはあそこまでして「そら」から出たかったのかもしれない。本当の気持ちは本人しか分からないけれど。
すべては、カイサが枝を持ちかえった時から始まっていた。だけど、私の予想を超える出来事は、この時から始まってた、そう後になって思ったんだ。
2014.2.2 掲載
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