呆然と、落ちるみんなを、目で追いかけていた。私は、ただ、そこに浮かんで。
『パリス、バカ!』
耳元で、ルルの声が聞こえる。でも、私、何もできない。だって、私にはみんなを浮き上がらせるだけの風は作れない。みんなを守るだけの力は無い。
記憶がよみがえってくる。私の力が暴走しちゃって、みんなを弾き飛ばして陸雲から落として。デリーもその時雲から落ちた。近所の小さな子も。その子が、うまく風を掴めなくて、まっさかさまに落ちていくのが。
どんどん、小さくなっていくみんなと被る。
私は、心臓が鷲掴みにされたみたいな気がした。あの時は他の大人もそばにいて、私が力暴走しているうちにその子は何とか助けられたみたいだけど、境界面ギリギリだったって。境界面に生身でぶつかると死ぬって。
……そうだったんだよ、私。それ聞いて、自己嫌悪でぐるぐるしちゃって。自分の存在何て無意味で生きていてもしょうがないから、って……。その後、自殺しようとしたんだ。結局、できなかったけど。
でも今は?今は……みんなは。周りに大人はいない。ここは雲工場の外れで、他のチームメンバーもいない。でも、私に。私にみんなが助けられるはずがない。どうしろって言うの?!みんなを……みんなを、このまま、失う事は……したくない、けど!
『何もできないって、何かをやる前に決めつけるの!本当にパリスの悪い癖だよ!』
ぴく、って手が動く。ルルの渾身の声。だって、実際、私が1人でがんばって。みんなを助けられるとは思えないんだもの。境界面にぶつかって、死んでしまうなんてことも想像できちゃうから。そんな風にしてみんなの死ぬ所なんて見たくない。……でも。
みんなと、こんなところでお別れになるなんて、嫌だよ……!
『泣くくらいなら、今一生懸命頑張ってみんなを助けなさいよ!助ける、努力をしなさいよ!』
ルルに叱られて、私は動き出した。泣いてたんだ、って事も、その時に思ったけど、それよりもみんなを助ける可能性に賭けて急降下する。まずはカイロ。カイロには何でこうなったのか考えて貰わないと。それに、そら出身だから風の掴み方は分かってくれるはず。多分、気流が安定してないんだ。だから、カイロは自分で掴んでくれると思う。次にアテネ。アテネが何かを考えてくれるかもしれない。だから、私は。
境界面にたどり着く前に。みんなを……!皆を助けるんだ!
追い風を自分だけにつけて必死に追いつく。そらの上での数秒は、ものすごい距離落ちちゃっている、って事だから……私は、必死に追いかけた。
「カイロー!風を掴んで!」
私は叫んだ。どんどん近づいてくる影の髪の色に、それがカイロだと確信して。声を運ぶだけの風を作って。
「できねーんだよったく!ここ、雷平空!乱気流が多発するところだ!」
すぐさま、カイロが怒鳴り返してくる。結構一生懸命なんだな、って事は分かるんだけど。
そらの世界は雲で出来ているから雲や浮かんでいるものは、その場所から流される。だけど地名が出来るのは、その空域になにか特徴があるから。例えば、雷平空は乱気流ができやすくて、えーっと、雷がいつもどこかで出来てるところ。その雷はそらの生活に欠かすことができないエネルギーになるんだけど……それは置いといて。
えっと……カイロは乱気流のせいで、風を掴めていない……ってこと、だよね?え、ここで生まれ育ったのに?しかも、私と同じ、そら生まれのそら育ちなのに?……でもそうか、雷の能力者だから、風掴むのが得意じゃないんだ。
「ちょっと待って!すぐ行くから」
同じように叫び返して、私はより一層スピードを上げた。つまり、私が安定した風を送らないと……ダメって事じゃん。それなら、送りやすいような場所に移動しないと。
私はカイロの横を通り過ぎて、さらに下で何とか浮こうと四苦八苦してるアテネやリアド、みずのなかで浮く事になれているからか、力を抜いて体を横に倒そうとするポーズで居る……けど、顔がどうしたらいいのか分からないって様子のモスクワとウィーンの横を通り越した。それまでの時間、落ち始めてから10秒ぐらい。私の風で、どれだけスピードを落とすことができるか……それが、みんなが助かるかどうかのカギを握っていると思う。
ここから先は、時間との闘い。境界面までの時間、あとどれくらいだろう?分からないけど、あんまり時間が残ってない事だけは、確かで。大丈夫かな、できるかなって考えちゃうけど!
できないって思うんじゃなくて。できるって信じるんだ……っ!
「お願い、風よおおお!」
みんなの方を、つまり上を向いて私は両腕を突き出した。気合いを入れて、お腹の中に力を込めて……私は風を作る、全力で。続けることが苦手でも、少しでもみんなが、みんなが……!私はバカだから、どうしたら助かるのか、分からないけれど。それをみんなが考えるだけの時間を、稼げるようにする。それが、私ができる事だから。みんなを、むざむざ死なせたりしないようにするために、一番できること、だから。
びゅおおおおおお
私から風が生まれる。体の中にある、目には見えないらしい、お腹のあたりにある力の源から、私の体の周りの空気を動かす。それが風を作る仕組み。腕を突き出して風がきちんと目的の方向に向かうようにして、私は風を作り出す。今はその風で、みんなのために時間稼ぎをする!
「おっし、ナイスパリス!」
カイロがふわっと風を掴んで少しみんなから距離が出来る。そのまま、顔を上にあげて、カイロは雷を打ち上げた。救助要請を、せめて先生たちに気が付いて欲しくて。色を無理やり普通の色から変えているけど、あれ……。うん、カイロも全力で頑張ってるんだ、私も頑張らないと。
でも、やっぱり雷は上にのぼることはあまり得意じゃない。それにここは雷平空。雷の気配も雷も、そこかしこに充満しているから、助けは、なかなか来ないかもしれない。それまで、踏ん張らないと。
アテネもリアドも、足から下に落ちてる。少しでも体を横向きにすると、抵抗力が大きくなるから風を掴みやすくなるよ、って言おうと思った時。アテネのスカートが風を受けてふわ、ってなってる。一生懸命に抑えてるみたいだけど、アテネ、それが逆に助けてくれてるみたいだよ、って言った方がいいのかな?
つまり、アテネはちょっとだけ上の方に居たんだ、モスクワよりも。モスクワが上を向いて……おかしいぐらいにぐいん、って顔をそむけた。
……モスクワに悪気はない、んだと思う。だって、多分だけど、カイロの方を向いたんだと思うから。
「モスクワ!こっち見ないでよ!」
流石に、あれだけあからさまに顔背けられたら見られた!ってなるよね……。ちなみに、私は常にスパッツを下にはいています。そらの女子の常識。だから逆に誰もアテネみたいな反応はしないから……新鮮。
あれ?スカートは広がって空気を受け止める。だから、アテネとウィーンは少しリアドやモスクワよりも上にいる……。あ!そうか!なんでアテネが上の方に居るのか、分かった!空気抵抗!スカートだからそれが広がってるんだ!私、まだ風作れる?……うん、まだいける。
「みんな、なにか!何かパラシュート!」
私の声に、みんなが何かないかなと、探し始める。レジャーシートとか大きい布!それなら何とか、風に乗せて近くの陸雲までみんなを移動させることができると思う!
そう考えていた時、リアドが驚いた顔で私を見た。
「パリス!あれ!!」
「え?」
指差されて、自分が背中を向けている方を首をひねって見てみる。そこには、薄い膜みたいなものが、見えた。わずかに、下のりくちにある緑が見えていて、ああ、緑の大地って言うのは本当なんだ、って一瞬、頭をよぎった。けど。
「パリス!」
カイロの焦った声が聞こえる。それで私は分かった。これ、あれだ。
みんなを助ける事は出来なかった、かな。でも、私は、まだ頑張る。だって、ゼロじゃないから。境界面を通り越して生きている人、ってのはりくちとみずのなか、そらとりくちで、ゼロじゃないから。みんなとお別れ、したくない、から。最後の最後まで、あがいてみせる!
「みんなを風で包む!あれは……!」
境界面、だ!
2014.9.14 掲載
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